量子情報科学で用いられるディラックの記法を概説する。
読み方
まず基本的な取り扱い方を確認する。
1. ∣ψ⟩ は列ベクトル、⟨ψ∣ は行ベクトル
記号 ∣⟩ をケット (ket) といい、∣ψ⟩ をケットベクトル (ket vector) という。ケットベクトルは列ベクトルを表す。
∣ψ⟩:=[1+i2]∈C2
このようなケットベクトル ∣ψ⟩ に対し、記号の向きを反対にした ⟨ψ∣ はエルミート共役 ∣ψ⟩† を表す。
⟨ψ∣:=[1−i2]∈C2
2. ⟨ψ∣ϕ⟩ は内積
2つのベクトル ∣ψ⟩ と ∣ϕ⟩ に対し、⟨ψ∣ϕ⟩ は複素ユークリッド内積を表す。
∣ψ⟩∣ϕ⟩:=[1−i2]:=[34i]∈C2,∈C2 ⟹⟨ψ∣ϕ⟩=⟨ψ∣∣ϕ⟩=[1+i2][34i]=(1+i)×3+2×4i=3+(42+3)i
これからわかること
以上の読み方により、次のことがわかるようになる。
3. ⟨ψ∣ϕ⟩ はユークリッドノルム
行列 ∣ψ⟩ に対して、自身のエルミート共役との内積は正の実数であり、その平方根はユークリッドノルムを表す。
∣ψ⟩:=c1c2⋮cN∈CN ⟹⎩⎨⎧⟨ψ∣ψ⟩⟨ψ∣ψ⟩=i=1∑Nci∗ci=i=1∑Nci∗ci=∥ψ∥2
4. (∣ϕ⟩⟨ψ∣)∣ξ⟩=(⟨ψ∣ξ⟩)∣ϕ⟩
行ベクトル ⟨ψ∣ に左から列ベクトル ∣ϕ⟩ を掛けた ∣ϕ⟩⟨ψ∣ は行列となる。
∣ϕ⟩⟨ψ∣:=a1a2⋮aN:=[b1b2⋯bN] ⟹∣ϕ⟩⟨ψ∣=a1a2⋮aN[b1b2⋯bN]=a1b1a2b1⋮aNb1a1b2a2b2⋮aNb2⋯⋯⋱⋯a1bNa2bN⋮aNbN
この行列 ∣ϕ⟩⟨ψ∣ を列ベクトル ∣ξ⟩ に作用させると、列ベクトルになる。
∣ξ⟩:=c1c2⋮cN ⟹(∣ϕ⟩⟨ψ∣)∣ξ⟩=a1b1a2b1⋮aNb1a1b2a2b2⋮aNb2⋯⋯⋱⋯a1bNa2bN⋮aNbNc1c2⋮cN=a1i=1∑Nbicia2i=1∑Nbici⋮aNi=1∑Nbici
行列の中で繰り返し生じる部分を抜き出し、さらに
i=1∑Nbici∣ϕ⟩=⟨ψ∣ξ⟩,=a1a2⋮aN
を用いれば、次のように書ける。
a1i=1∑Nbicia2i=1∑Nbici⋮aNi=1∑Nbici=i=1∑Nbicia1a2⋮aN=⟨ψ∣ξ⟩∣ϕ⟩
よって、次のことが確認できる。
matrix∣ϕ⟩⟨ψ∣∣ξ⟩=scalar⟨ψ∣ξ⟩∣ϕ⟩
この関係は、行列や内積の関係を考えるよりも、純粋に
∣ϕ⟩⟨ψ∣ ∣ξ⟩=∣ϕ⟩ ⟨ψ∣ξ⟩
というふうに変形ができると覚えておけばよい。